2013年4月23日火曜日

相続税:日本の「社会主義的」税制に驚く中国人

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JB Press 2013.04.23(火)  姫田 小夏
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/37523

日本の「社会主義的」税制に驚く中国人
「長者に二代なし」の国は魅力なし?

 不動産譲渡にかかわる個人所得税の課税(新国五条)で、中国が今大騒ぎとなっていることは前々回お伝えした。

 その一方で、筆者は
 「これほどまでに国民が税金を納めることに抵抗を持っている」
という現実に驚いている。

 「不動産の売却益はあくまで“不労所得”。
 不動産という財産を持つ資産家であれば、納税は当然のこと」
といった議論はほとんど見られない。
 相続税の導入が決まろうものなら、それこそ蜂の巣をつついたような大騒動となっても不思議ではない。

 習近平体制では「公平な社会の実現」が大きなテーマとなっているが、それは国民の今の不満が「世の中は不公平だ」という一言に尽きるからだ。
 公平な社会の実現のカギを握るのが“富の再分配”であり、税制改革はその試金石だと言える。
 
■日本の「厳正な課税」に驚く中国人

 中国には「富三代」(fusandai)という言葉がある。
 3代にわたって代々家が栄える、という意味だが、もう1つのシニカルな意味も込められている。
 それは「金持ちの子は金持ち」、その逆の「貧乏人の子は貧乏」という意味だ。

 一方、日本には「長者三代」や「長者に二代なし」という言い方があると中国人に説明すると、相手の目つきが変わる。
 「ほう、それはどういう意味かね?」
と身を乗り出してくるのだ。
 「金持ちは何代も続かない」という意味だと言うと、
 「日本は“先進国”だとばかり思っていたのに、“名家が続かない”とはどういうことか」
と聞いてくる。

 「金持ちの子供や孫は甘やかされて育つから家が没落する。
 加えて、日本には相続税があることも大きな原因だ
と説明すると、相手の中国人は「日本の税制は厳しいからね」と、気の毒そうな目を向ける。
 同時に
 「中国で相続税が導入されたらそんなことになるのか」
と、その先を想像して首をすくめる。

 中国では建国当時、相続税の導入が定められたが、実際の課税については保留扱いになった
 長らくその状態が続いていたが、今、導入に向けての準備が進められている。

 そして日本の相続税について中国人に次のように話すと、目を丸くして驚く。

 「皇族であろうが、
 官僚であろうが、
 あるいは現金を持たない世帯であろうが、
 財産を相続した者は
 例外なく平等に法定税率によって算出された税額が課される。
 相続税を払うために、土地家屋を売り払うケースは決して少なくない」

■中国人の驚きのポイントはいくつかある。

(1).皇族ですら納税義務を負うという点
(2).「例外なく平等に」という点
(3).国民がそれを遵守するという点

 中国では
 「国家の上層部は腐敗しており、彼らが真面目に納税義務を果たすことなどあり得ない、それどころか当たり前のように脱税する」
という認識が一般的だ。
 また国民は国民で、できるだけしたたかに納税の抜け道をくぐり抜けるべきだと考えている。
 そんな中国人から見れば、上から下まできちんと納税する日本人の国民性は驚きに値するというわけだ。

 日本の「厳正な課税ぶり」を表すエピソードがある。
 これを話すと、彼らの反応は驚きから畏敬に変わる。

 1999年、美智子皇后は父親の逝去に伴って株式や自宅、預金など33億円の財産を兄弟姉妹4人で相続することになった。
 しかし3人の兄弟妹は現金で相続税を払うことができずに、結局、自宅を物納した。
 70年間にわたり保存された洋館だったが、結局取り壊され国有財産となり、現在は区立公園となっている──。

 ここで彼らは納得する。
 日本人はなぜガツガツと住宅を2戸も3戸も保有しないのか。
 その理由に合点がいくのである。

 日本では、財産を相続する人は、「富を受け継ぐ」という喜びよりも、むしろ「煩わしさの種を受け継ぐ」という意識の方が根強い。
 富めば富むほど、相続税によって「社会への還元」という圧力が一層強くなる仕組みになっているためだ。

 南海大学教授の劉暢氏もまた「透視日本的房与税」(房は住宅の意味)と題する執筆で
 「住宅を持てば持つほど課税が増える、そのため日本では2戸目の住宅を持つ人が少ない」
と指摘している。

■とても払えない「1億円の相続税」

 日本では、相続が発生したとき、相続税を払うために家を売る相続人は少なくない。
 都心部などでは、
 「いつのまにか高級住宅地になってしまった」
という宅地が少なくなく、また鉄道の新線開通などで価値が上昇した宅地もあるため、大なり小なり相続人は納税に苦労しているのが現状だ。

 さらに日本は財政危機を打開するため増税傾向にあり、相続税についても、課税対象となる相続財産のうち6億円を超える部分への課税が最高で55%に引き上がると言われている。

 地方でも地方ならではの相続問題がある。
 筆者はインターネット上の相続関係のサイトでこんな書き込みを目にした。

 「私の親は農家で、田舎に土地を所有しています。
 親はアパートを経営していますが、空き室が目立ちます。
 最近、取引銀行から、『今のままでは相続税が1億円かかる』と言われ、節税対策のために『農地を一部転用して、アパートをもう1棟建てては』と言われました。
 そのためには1億円の準備が必要ですが、私の預金残高は1割にも満たない・・・」

 節税対策にアパートを建てても借り手が見つからず、空き家になってしまうことはよくある。
 しかも、親元を離れて東京でOLをする本人には、それを相続するほどの収入も預金もない。

 日本で相続税を課せられると貯金がほとんどなくなり、借金が必要になる場合もある。
 しかも、不動産は所有しているだけで固定資産税が発生し、売却時も納税負担が生じる。
 土地が右肩上がりに上昇したのは過去の話だ。
 現在、日本人にとって不動産は「できるだけ持ちたくないもの」になっていると言っても過言ではない。

 逆に言えば、中国で過去10年にわたり、住宅価格急上昇の抑え込みが効かなかったのは、「不動産に関する税制」が機能してこなかったためだと言える。

■日本の平等社会はモデルになるのか?

 日本の相続税制は、確かにシステムとしては公正であり、富の再分配への貢献度は高い。
 だが、国民の不満も多い。
 多くの国民が相続の際に金銭的犠牲を強いられ、家族間のトラブルの元にもなる(ひどい場合は「親子の縁を切る」「兄弟の縁を切る」などの沙汰にも及ぶ)。

 奥村土牛という有名な日本画家がいた。
 四男の奥村勝之氏は、父・土牛の死去にあたり相続税が払えず、素描を燃やすに至った。
 著名な画家の相続人といえば、膨大な遺産を引き継いで豊かに暮らしていると思われがちだが、実際は壮絶な苦労を強いられていたのである。
 勝之氏は巨額の相続税を納めるだけでなく、相続税を支払うために借金までして、その返済に追われる人生を送ることになる(参考:『相続税が払えない―父・奥村土牛の素描を燃やしたわけ』奥村勝之著)

 日本の相続税制は、富の集中を防ぐためには有効に作用しても、結果として社会全体の活力を失わせることにもなった。
 「日本は平等社会で中国以上に社会主義だ」
 「中国は共産党一党支配だが、日本以上に資本主義だ」
とよく言われるが、相続税制を見る限り、まさにその通りかもしれない。

 これから相続税制を導入しようとする中国にとっては、日本の相続税は累進課税であるという点を除けば参考にならないかもしれない。
 だが、国民の納税があってこそ公平な社会が実現される、という点は、日本を見習うべきだろう。

 中国では、今回導入された不動産所得税(新国五条)に対して、「国民の財産に手をつけるのか」と猛反発する国民が圧倒的だ。
 ある市民はこうも言う。
 「税金払うなら、権利をくれ」。
 国民の権利を認めない政府に誰が納税するものか、という反発である。

 公平な社会というのは、ある日突然降って湧いてくるものではない。
 国民の理解と譲歩、そして協力という姿勢がなければ、永遠に実現は困難なのである。